森鷗外と水月ホテル森鷗外荘

水月ホテル鷗外荘は、敷地内に明治の文豪・森鷗外の旧居を保存しております。名作「舞姫」を執筆したお部屋やお庭を保存し、「舞姫の間」として宴席などにご利用いただいております。今なお残る明治の文学の薫りをお楽しみください。

森鷗外と水月ホテル

森鷗外は、「舞姫」「雁」「阿部一族」「高瀬舟」など、今も読み継がれる数々の名作を生み出した明治の文豪。幕末の津和野藩に御典医の息子として生まれた鷗外は、幼少時代から学業優秀、神童と呼ばれて育ちます。19歳8カ月という若さで東大医学部を卒業、陸軍軍医となり、ドイツへ留学します。帰国後、28歳の時に、海軍中将赤松則良の長女登志子と結婚し、上野花園町の赤松家の持家に住みます。それが当ホテル所有の鷗外荘。ここで「舞姫」をはじめ、「うたかたの記」「於母影」などの作品が執筆されました。

明治の浪漫が薫る「鷗外荘」

かつて鷗外が「舞姫」を執筆した日本間を「舞姫の間」と名付け、現在はお食事処、宴会場、コンサート会場として、皆様にご利用いただいております。庭に は、当時から残る樹齢300年の榧の木や、200年以上の黒金もちの木もあり、当時の鷗外の暮らしをしのぶことができます。2002年に復元した玄関もぜ ひご覧になってください。まるで、鷗外がその場に佇んでいるかのような明治の雰囲気漂う玄関です。

於母影の間

鷗外荘の中には、少人数でご利用いただける特別室もございます。於母影は、文学サロンの趣を今に残す優雅なダイニング。12名様までご利用いただけます。粋な坪庭を眺めながら、ご家族やお友達と和やかな時間をお過ごしください。

蔵の間

土蔵造りの書斎風のお部屋。柱や梁の木目をそのまま活かした日本の伝統的構法に、洋風のテーブルや椅子を合わせたインテリアは、文明開化の香り漂うモダンな雰囲気。6名様までご利用いただけます。日常を忘れてを明治の浪漫を満喫ください。

「ふたつの文学碑」で鷗外を偲ぶ

鷗外荘のある中庭には、森鷗外文学発祥の地を記念して建立した、「舞姫の碑」「於母影の碑」、ふたつの文学碑が あります。碑文は、どちらも 鷗外のご子息故森類氏と鷗外研究の第一人者長谷川泉氏のご協力で、題字、署名、本文を鷗外直筆の原稿から写しとりました。鷗外の偉大な足跡に思いを馳せてみてはいかがでしょう。

森鷗外について

森鷗外 Ohgai Mori 1862年(文久2年1月19日)-1922年7月9日

明治・大正期の小説家。陸軍軍医、官僚。本名は森林太郎。島根県津和野町(旧・石見国津和野出身)。東京帝国大学医学部卒業。夏目漱石と並ぶ明治の文豪。
大学卒業後、陸軍軍医になり、ドイツで4年間遣留学生として過ごす。帰国後に、訳詩編『於母影』、小説『舞姫』、翻訳『即興詩人』を発表。その後、軍医総監となり、『スバル』『ヰタ・セクスアリス』『雁』を執筆。『興津弥五右衛門の遺書』発表後は、『阿部一族』『高瀬舟』の歴史小説、史伝『澁江抽斎』を書いた。

鷗外は、海軍中将赤松則良の娘の登志子と結婚。赤松家の持家であった当ホテルの旧邸に根岸から移住した。 1890年に現・水月ホテル鷗外荘の旧邸で処女作の舞姫を発表。この家より無縁坂を登り不忍池をまわって帰ってきた事が、後に小説“雁”の舞台になったと言われる。
小説『舞姫』は、自分の実体験に基づいた小説。後年、「エリス」と文通をし、その女性を生涯忘れることはなかったとされる。死期が迫ったある日、彼女の写真と手紙をひとまとめにし焼き捨てさせたという。

晩年、帝室博物館(現在の東京国立博物館・奈良国立博物館・京都国立博物館等)総長や帝国美術院(現日本芸術院)初代院長なども歴任した。
交際も広く、自宅で開催した歌会が有名で、当時対立していた与謝野鉄幹と正岡子規の両派の代表歌人をまねいて開かれた。伊藤左千夫・平野万里・上田敏・佐佐木信綱等が参加し、北原白秋・吉井勇・石川啄木・木下杢太郎、斎藤茂吉・古泉千樫、与謝野晶子等も参加した。
また、樋口一葉をいち早く評価したり、与謝野晶子と平塚らいてうも早くから高く評価した。与謝野晶子の子供の名付け親をしたりもしている。

「三人冗語」の三人。

左から鷗外・幸田露伴・斎藤緑雨。『めさまし草』を創刊し、合評「三人冗語」を載せ、評壇のした。

森鷗外ゆかりの碑・遺物など


文学碑/舞姫の碑

往時を偲ばせる庭園には鴎外の御三男、森類氏と森鴎外研究の第一人者 長谷川泉博士の御協力で題字、署名、本文共に鴎外直筆の原稿からとられた「舞姫の碑」「於母影の碑」の二つの文学碑があります。


文学碑/於母影の碑

舞姫の碑に刻まれている内容(「舞姫」作中から、鴎外令息森類の選定による) 「彼は幼き時より物読むことをば流石に好みしかど手に入るは卑しき『コルポルタージュ』と唱ふる貸本屋の小説のみなりしを余と相織る頃より余が借したる書を読みならひて漸く趣味をも知り言葉の訛りをも正し幾ほどもなく余に寄するふみにも誤字少なくなりぬ、かゝれば余等二人の間には先ず師弟の交じりを生じたるなりき」と。


  • 舞姫門(復元)

  • 舞姫玄関(復元)

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