
この地は文豪・森鴎外との繋がりが深く、館内には鴎外の旧居が残っており、
鴎外がその文壇処女作「舞姫」を執筆した部屋がございます。
今もなお文学の香りを残すこの部屋は、宴席などにご利用いただけます。

明治23年(1890)この地において文壇処女作の舞姫を発表しました。鴎外はこの家より無縁坂を登り不忍池をまわって帰ってきてました。
この事が後に小説“雁”の舞台と言われております。
森鴎外
(写真中央)
幸田露伴
(写真右)
齋藤緑雨
往時を偲ばせる庭園には鴎外の御三男、森類氏と森鴎外研究の第一人者 長谷川泉博士の御協力で題字、署名、本文共に鴎外直筆の原稿からとられた「舞姫の碑」「於母の碑」の二つの文学碑があります。
舞姫の碑に刻まれている内容(「舞姫」作中から、鴎外令息森類の選定による)
「彼は幼き時より物読むことをば流石に好みしかど手に入るは卑しき『コルポルタージュ』と唱ふる貸本屋の小説のみなりしを余と相織る頃より余が借したる書を読みならひて漸く趣味をも知り言葉の訛りをも正し幾ほどもなく余に寄するふみにも誤字少なくなりぬ、かゝれば余等二人の間には先ず師弟の交じりを生じたるなりき」と。
往時を偲ばせる庭園には鴎外の御三男、森類氏と森鴎外研究の第一人者 長谷川泉博士の御協力で題字、署名、本文共に鴎外直筆の原稿からとられた「舞姫の碑」「於母の碑」の二つの文学碑があります。
舞姫の碑に刻まれている内容(「舞姫」作中から、鴎外令息森類の選定による)
「彼は幼き時より物読むことをば流石に好みしかど手に入るは卑しき『コルポルタージュ』と唱ふる貸本屋の小説のみなりしを余と相織る頃より余が借したる書を読みならひて漸く趣味をも知り言葉の訛りをも正し幾ほどもなく余に寄するふみにも誤字少なくなりぬ、かゝれば余等二人の間には先ず師弟の交じりを生じたるなりき」と。
2002年6月、舞姫の間(鴎外旧居)の玄関が復元され、オープンしました。
明治の雰囲気漂う玄関はまるで文豪・森鴎外がその場に今も佇んでいるかの様。
女将より
この度 私達水月ホテル鴎外荘の悲願でありました森鴎外住居の玄関の復元が完成致しました。もともとは男爵さまの おうちなので玄関は 辰巳の方向(東南)に向いていましたがホテルの東館を建てる為に中庭に玄関のみ 移したものでした。
明治19年に建った家にふさわしい玄関、是非御覧 いただけると 嬉しいです。
7月9日は、鴎外の命日(大正11年7月9日)ということで、三鷹にある禅林寺にて、鴎外忌(回忌記念集会)が毎年行われております。
(写真は2004年/83回忌)
墓石には森鴎外の本名である林太郎と刻まれています。
鴎外の墓前にて、読経の後、参加者にて献花をし、その後、座談会が会食に舞姫の間を使われたりしております。


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